2011年12月5日月曜日

「ドキュメント10.23」 スタッフ奮闘録


ドキュメント1023
~新井宿まちづくりフェスタ2011の長い一日~
10/22(土) 1300 雨が上がった!


“終わったな”フェスタ前日の午前10時、雨の中早朝より設営に取り掛かっていたスタッフにとってこれが偽らざる心境だった。もちろん祭りの準備が終わったということではない。「祭りは失敗に終わる」という意味である。朝から降り続いた雨は9時頃から本格的に降り出し、10時にはいよいよ大雨となった。


 天気予報では翌日も午前中は雨、小雨ならよいが、こんな雨が降っていたら祭りどころではない。誰も来ないだろう。
スタッフにとって雨ほど心配なものはなかった。もちろん来場者が少なくなるというのはある。
しかし、それ以上に打撃なのはステージの演技がなくなるということと、農業体験バスツアーに人が集まらないだろうということだ。祭りのテーマは花と緑と文化の共有である。この2つがなくなれば祭り自体が成立しない。
本部は前もって
①どんな雨でも中止はしない
②ステージの演技は出演者自体が出欠を判断する。
③バスツアーは何があろうとやる
という方針を立てた。ステージは出演者の判断なので仕方ないとして、それ以外はたとえ無人でも泥まみれになってもやめないということだ。しかし、覚悟はよいがそれに世間はついてこないだろう。というのが正直な予想だった。

11時、大雨の中着々と準備は進む。会場ではステージが据えられ、テントも次々建ってゆく。場外では駅前通りにズラリとのぼりが並び、案内用のステ看も字はともかくとして(笑)設置が進んでいった。雨は依然として激しかったが皆黙々と作業を進めていった。やるだけやって後は天のみぞ知るといったところだろう。
昼過ぎ、三々五々として昼食を済ませ外に出てみると雨が上がっている。雲が薄くなり日の光が強くなっていた。気温もぐんぐん上昇しているようであった。
「これは?もしかして!いや、これはいける!」スタッフの胸に希望が差し込んだ瞬間だった。心なしか街が、通りが洗われたように見える。
“何ということでしょう!”誰もがあの「ザ、ビフォーアフター」のピアノの旋律が浮かんだことだろう。その後も延々と作業は続いたが雨が上がったことで皆の士気も上がり、作業は加速度を増し、やがて日没を迎えた。

暗くなったからと言って準備が終わったわけではない。
各人それぞれ担当部署の宿題を持ち帰り自宅その他での作業に追われた。ほぼ全員徹夜だ。昨日の夜のことが頭に浮かぶ。打合せが連日続き、昨日も遅くまで詰めの打合せが続いていたが、誰かが「前祝をやろう!」と言い出した。皆疲れていたがフェスタ直前のプレッシャーとヒート気味の頭を冷やすのもよかろうということで一同とんかつ屋に入った

だが、ちょっと一杯のつもりがいつの間にやら深酒に。結局昨日も今日も寝られない。人間やらないで後悔するよりやって後悔しろというが、これはやらない方が良かったという数少ない部類の後悔に入ることだろう。そんなことを考えているうちに夜が明けた。


10/23(日) 1000 開会


 早朝から続々と人が集まってくる。これは地元町会の方々、様々な縁故の当日スタッフの人たちだ。皆本部で受付を済ますとスタッフジャンバーを来てきびきびと準備にあたってくれる。ありがたい、何とありがたい援軍だろうか。勇気百倍して準備に拍車がかかる。そのうちに道行く人が“何だ何だ?”という感じで人だかりができる。いける!すごいことになるぞ!そう思いながら今か今かと開会を待った。

 

 10時、第2会場。神根東太鼓クラブの威勢の良い掛け声とともに、迫力ある太鼓の音が会場に響き渡った。フェスタの開幕である。来賓がステージに上がり、主催者、市長のあいさつ、来賓の紹介と落ち着いた進行のもとスムースに開会式は進み、その間にも続々と来場者が増え続けた。

 ステージはショーに移行し、タップダンス、フラダンス、神根小ブラスバンドとすばらしい演技・演奏が続き、いやがうえにも来場者の気分を盛り上げ、会場の熱気を高めていった。



10/23(日)1100 錯綜

 同刻、第一会場は混乱していた。第二会場同様に人が殺到していたが、主だったものが第一会場の開会式に行ってしまい、中核スタッフがいないうちに来場者が殺到してきたにので、何が何処にあって何がどうなっているのかわからなくなり、右往左往してしまった。特にバスツアーの受付には開会前から行列ができ、AコースBコースの区別も分からない乗車希望者に説明をしているうちに第1便の出発時刻が迫り、間に合わなくなる可能性が出てきた。が、これは担当者の機転で間口をABに分けたことで危機を脱した。

 
 

 その他「駐輪場がわからない。」「車停めるところはないか?」「誰それはどこにいる?」など問い合わせが相次ぎ混乱した。こうした状態は約1時間続いたが、その都度本部と当日スタッフが対応し事なきを得た。


 一方、第二会場でも物販を中心にパニックに陥った。開会直後より来場者が物販に殺到し、少ないスタッフでは対応しきれなくなっていた。ステージはジャズダンスがより一層雰囲気を盛り上げ、フワフワ赤山城は子供を引き付けてやまず、来場者は会場いっぱいになって、駅前通りは見たこともない人の往来で混雑していた。物販スタッフはみるみるなくなっていく野菜を見て“早く補充しないとなくなる”とわかってはいたが、こんなに早く補充などできないこともわかっていた。加えてレジ袋も底をつき始めた。だが、一時は進退窮まったもののスタッフの根性と関係者の協力で午前中の混乱を乗り切った。


 午後になると物販は落ち着きを取り戻した。しかし、同じ混乱でも飲食部門はむしろはつらつとしていた。飲食部門はプロが多く、その他の出店者も混雑は慣れたものである。ステージの盛り上がりに合わせて乗りまくっている感じがした。

 その他の会場もそれぞれ盛況だったようである。第3会場の講演も遠方からの来場者もいて盛況、第4会場の芋掘り畑からもビニール袋を提げた人々が嬉しそうに帰ってくる。しかし、第5会場のコスモス畑は何をするわけではないので日がな一日退屈だったようである。

10/23(日)1400 バスツアー

 バスツアーAB両コースだが、こちらは同じような困難に直面していた。
 まず定員いっぱいまで乗せていたのだが、畑から野菜を引っこ抜いてくるとバスに乗れなくなってしまった。何とか乗せても土で汚れていてツアー客からクレームを受けてしまった。これでは仕方がないので、2回目からは野菜運搬専用の車に来てもらい、野菜だけバス乗り場まで運んでもらうようにした。
 当日誰が一番大変だったかというと間違いなくバスガイドだと言える。やることが多いのだ。


 まずバス停にてツアー客のお出迎え。乗り込むときにアンケートを渡す。人数を確認して出発後、あいさつ、注意事項、ルート説明などをして会場に着くとツアー客のフォロー、トイレへの誘導、野菜の積み込み、集合の号令など。乗り降りのたびにこれをやらなければならない。やっと1ルーチンが終わったと思うと、バス停には早くも次の客が控えている。つまり全く休憩なしである。それでも3回目になると慣れて的確に効率よくこなせるようになった。終盤余裕が出てくるとツアー客と懇談時間が増えた。
 

 皆いろいろな所から来ていて、口々に「こんなところがあったのか」「子供に収穫体験させられてよかった」「市はもっとこういうことに力をいれるべきだ」など満足そうだった。


10/23(日)1600 閉会

会場に夕日が斜めに差し出すともうすぐ閉会である。しかし、閉会直前になっても相当な人が会場に残っていた。この様子では誰も帰ろうとしない。午後4時、ついにステージ上で閉会が宣言された。長い一日が終わったのだ。来場者第1会場3,000人、第2会場4,000人、その他の会場とバスツアーAB合わせて600人。予想をはるかに超えた大盛況だった。


いろいろな方から、楽しかった、今度はいつやるの?などと言われてうれしかった。疲れが吹き飛ぶようだった。今度いつやるかはわからないが。

 とにもかくにもフェスタは成功したのである。片づけをしながら見る新井宿の台地の空はきれいな夕焼け空だった。
 
2011年10月29日
今回ご協力いただいたすべての方に、心より感謝申し上げます。
スタッフ一同

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