2012年9月24日月曜日

伊奈家菩提寺(赤山源長寺)にお墓参り

 9月22日、AGC(新井宿まちづくり協議会)有志で伊奈家の菩提寺である源長寺にお墓参りに行ってきました。

 AGCでは「関東郡代伊奈氏200年の研究」に取り組んでいますが、11月に富士山東麓に伊奈忠順を事跡を巡るバスツアーを企画するなど、いよいよ活動が本格的になってきました。そこで一度決意も込めて伊奈家代々に御挨拶をしようということになり、お彼岸の墓参りになりました。


源長寺、猛烈な雨、お彼岸の役員の方々

10時源長寺。すんごい雨!しかし会長はじめ有志7名が集まる。少し小降りになってからお参りをしようかと思いましたが、皆さんものともせずに伊奈家墓所に向かう。

頌徳碑のある伊奈家墓所、線香に火をつけるのも容易ではない

花を添え、線香をあげる
 
伊奈家代々の当主にごあいさつを述べるとともに、偉大な業績に報恩感謝申し上げる
 
ちなみに手を合わせている石塔は正確には伊奈家代々の墓ではありません。石塔の正面に伊奈家当主全員ではなく、初代忠次、3代忠治、8代忠逵、9代忠辰の法名が刻まれています。
 
なぜこの当主達の名が選ばれたのだろうか?実はこの方々は皆源長寺以外のお寺に葬られた当主達なのです。忠次、忠治は鴻巣の勝願寺、忠逵、忠辰は深川玄信寺の葬られていると記録にあります。後代のご当主の誰かがこの石塔を建てて、源長寺に眠っている当主達と合わせて菩提を弔おうと名を刻んだのではないか?と推測されます。
 
では源長寺に葬られた当主達の墓はどこにあるのだろうか?残念ながらそれらを示す資料はありません。源長寺は伊奈氏改易後衰退の一途をたどり、久しく無住であった期間もあり、資料や多くの宝物も散逸してしまったのです。不可能なことかもしれませんが、源長寺に眠っている当主達の墓所を突き止める。これもこれからの伊奈氏200年の歴史研究の中で挑戦していきたいと思っています。
 
素人の私たちが200年の歴史にどこまで迫れるのか?驟雨のなか決意を新たにした日になりました。
 
 

1 件のコメント:

新井宿駅と地域まちづくり協議会 さんのコメント...

旗本は江戸に住むことを義務付けられ、知行地もころころ替わることが多いため、大名のように自分の領地に愛着を持つことはなかったのですが、伊奈家は代々赤山領を相続し、郡代支配地も享保期に替えられた以外はほとんど替わりませんでした。よって大名と同じようにその土地に愛着があったと思います。自領の源長寺に多くの当主が眠っているのもそのた目だと思います