2013年10月10日木曜日

のらぼう普及計画始まる!


このブログをチェックしている人さえ忘れていると思いますが、6月に歴史調査団でのらぼう菜の里、東京は五日市に野良坊菜の碑を調べに行きました。

じつはその前に幸手に行ったとき農産物直売所でのらぼうをが売ってたので買って食べました。おいしかったです。それを何とか地元新井宿で作れないかということで、種を買って機をうかがっていました。そしてついに今日のらぼうの種を植えました。

のらぼう計画始動!




ジャ~ン!


野良坊なんて知らん!ていう人は下記にアクセスして勉強してください。


「まぼろしの野菜ーのらぼうを探しに」
http://araijyuku.blogspot.jp/2013/06/blog-post_8.html

のらぼうは伊奈家第10代当主、第8代関東郡代伊奈忠宥(ただおき)が明和4年(1767年)に天領の農民に種を配り、栽培を指南・奨励をしたのが始まりです。(当時は闍婆菜といった)その時の指南書も現在していると埼玉県のホームページにある。
いわゆる救荒作物として、天明・天保の飢饉の際領民を救ったとか、「野良生え」が変化してのらぼうになったとか、のらぼうに関しては代官所の役人が野良に生えている雑草扱いにして年貢からお目こぼしした。とか、じつはオランダからジャワ経由の輸入品だった。などなど数々のエピソードがあります。(分かるんだよなぁ、伊奈代官所が農民が飢えないように心を砕いたことが。わざわざ外国から取り寄せてまで領民に普及しといて、年貢からはお目こぼしするなんて!憎いねぇ。)

東京あきる野市、五日市の子安神社にある野良坊菜の碑

最近ではあきる野市や比企郡以外にも、このような話題性からあちこちで特産野菜として栽培が始まっています。鹿児島でも栽培しているようです。なんせ作るのが簡単で、たくさん採れて、おいしいとなれば広まるのが自然。加えて江戸時代の飢饉を救った幻の野菜となれば、これからブームになるに違いない!
ということで我がAGCでもやらない手はありません。何しろ伊奈家の地元ですから。

まず、のらぼう菜の種ですが、取り寄せるのに2種類あったので両方取り寄せました。一つは冒頭の「のらちゃん菜」。思わずほほが緩むネーミング!もう一つは野口の種の「野良坊菜」。こちらは袋の表に野良坊菜の由来、裏に関東郡代発給の指南書が印刷してあり歴史の重みを感じさせる体裁です。この二つは同じ種なのかどうかわからなかったので、とりあえず2つとも栽培することにしました。

野口の種「のらぼう菜」
http://noguchiseed.com/hanbai/tane/shosai/0001.html


野口の種ののらぼう菜はAGCの協力団体である「NPO法人赤山陣屋の会」に栽培を依頼しました。
我々の方は今日のらちゃん菜を植えました。

場所はAGCメンバーのE君の畑をお借りしました。結構広い!

まず、棒と糸を使って50センチの等間隔で土を掘る

そこに5・6粒づつ、等間隔で種を植えていく。

あとは土をかぶせて終わり。1時間もかかりませんでした。

早く終わったのでE君の畑を見学。
 いろんな野菜を植えている。これはネギ。
 これは大根。この大根畑は今度のフェスタで収穫体験コースになっていて、当日訪ねれば大根を引っこ抜ける。
*もちろんその大根は買ってもらいますが。
うれしそうに野菜作りを語るE君。素朴な人柄だ。
このほかにもキャベツ、ジャガイモ、しょうが、小菊などなどいろんなものを作っている。

というわけでのらぼう計画がスタートしました。たくさん採れるといいな。4月ごろには試食会を計画しています。畑を持っている人に集まってもらってのらぼう料理を喰ってもらいながらプレゼンテーションします。
そして一気に特産化だぁ!やったるでぇ~!

以上。今後の展開を気にかけてやってください。







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