2015年5月10日日曜日

首都圏外郭放水路庄和排水機場に行ってきました。-伊奈氏の200年研究

5月8日春日部市の庄和排水機場に行ってきました。
庄和排水機場。龍Q館という見学施設があり無料でいつでも見学できる。地下神殿の見学も受付していますが予約制なのでいきなり行っても入れません。
 
 首都圏外郭放水路の庄和排水機場といえば例の地下神殿が有名で、よくテレビで特集されたり、ドラマなどのロケに使われたりしているので、ご存知の方も多いかと思います。しかしどういう施設なのかというとよくわかっていない人がほとんどではないでしょうか?歴史研究班ではこの施設が、伊奈氏が築いた関東における治水の基本構想に基づいて作られたものだと考えています。
庄和排水機場は首都圏外郭放水路の心臓部で、古利根川、倉松川、中川などから立坑に流入してきた洪水を地下トンネルを通じて調圧水槽から巨大ポンプで排水樋管を経て江戸川に排水する役割と各流入施設の操作や集中管理する役割を持っています。いわばすべてをここで管理しています。

中川、綾瀬川流域(埼玉県東部低地)の地形。
 
クリックして拡大してみるとわかりますが、この地域は皿のような形をしていて、しかも勾配が緩く水がたまりやすい地形になっています。伊奈氏がおこなった利根川東遷以前は、ここを利根川、荒川、渡良瀬川などの大河が乱流していたので、危険すぎて耕作はもとより、人が住むのも不可能だったでしょう。この地形は足立区・葛飾区・江東区など東京都東部まで続いていて、ひとたび利根川が破堤すると江戸まで水浸しになっていたのです。

首都圏外郭放水路の全容。
 
各河川の洪水は5つある巨大な立坑に流れ込み、調圧水槽からポンプで江戸川に排水する仕組みです。先ほどの画像でもわかる通り、江戸川はお皿のような地溝帯の淵の上を流れており、江戸川に排水することにより洪水をお皿の外に流すことができるのです。江戸川は400年前に伊奈氏が作った人工河川で利根川を権現堂川で江戸川につないでその本流を流す目的で作られました。その際お皿より一段高い下総台地を掘り進んで流路の安定を図ったのです。これだけでもすごい工事です。また、荒川はこれまた伊奈氏によって熊谷で入間川の支川の和田吉野川につなぐことによって大宮台地の西側を流れることになりました。これでお皿の内側には山間地から水を集めてくる自然河川が完全になくなり、武蔵国東部(埼玉東京東部地域)は洪水から守られ、広大な穀倉地帯に生まれ変わりました。元の川はそれぞれ大落古利根川、元荒川、中川となり農業用排水路と姿を変えて広大な地域を灌漑することになったのです。構想と言い実行力と言い400年前の人間が成し遂げたとは思えない大偉業です。
中条堤
伊奈氏の利根川治水はまず利根川が平野部に出たところに巨大な遊水地(中条堤)をつくり、ここで洪水を滞留させ下流への流量を制限しました。
控堤と領
中条堤より下流の利根川右岸には、ほぼ全域にわたって低い利根川堤防と控堤(水除堤)群が分布しており、中条堤からあふれ出た洪水は、「領」という水防共同体ごとに張り巡らされた控堤群によって徐々に勢いを失い、また、貯留され「力と量」を奪われていきます。こうして江戸は洪水の被害から守られていたのです。
 排水機場の西側。
 
この地下に調圧水槽(地下神殿)があり、国道16号線の地下50mを6.3㎞に渡りトンネルが走り、各巨大立坑をつないでいる。総貯水量67万立方メートル。計画排水量1秒間に200立方メートル。立坑の大きさは直径30メートル。深さ70m。まさに地底湖であり地下に棲む巨竜という形容にふさわしい。首都圏外郭放水路は江戸時代の控堤群と同じ役割で、下流域の洪水被害を低減させている。これのおかげで大雨のたびに起こった浸水被害がほとんどなくなったそうです。恩恵は計り知れません。
調圧水槽。
 
地下神殿と呼ばれる威容。幅78m。長さ177m。高さ18m。ここに降りるには116段の階段を下りなければならないそうです。いつか入ってみたい。(画像は国土交通省江戸川河川事務所HPより) 
 江戸川
 
江戸川はかつては江戸と関東・東北諸国をつなぐ水運の大動脈でもありました。首都圏外郭放水路に溜まった水はここに排水されます。江戸川の堤防に立って西側に広がる景色を見ると、堤防の高さを差し引いても明らかに江戸川より低いことがわかる。埼玉県東部低地は江戸川に守られてきたのです。もし江戸川がなかったら江戸・関東の400年の繁栄はなかったでしょう。
 
いつかここに歴史バスツアーで来てみたいな。でも土日は地下神殿見れないそうです。残念。
以上報告でした。
 

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