2015年11月26日木曜日

江戸を救った男 伊奈忠次の防災術(Eテレ、知恵泉)がアンコール放送!

 
9月1日に放送されたNHKEテレ「知恵泉~先人たちの底力~江戸を救った男伊奈忠次の防災術」がアンコール放送されます。
 
放送後に鬼怒川の決壊が起こり、あらためて治水に対する関心が高まり、もう一度見たいという声が多数寄せられたそうです。同回では伊奈氏の自然に逆らわない治水思想と住民が共同体として水害に立ち向かう知恵が多数紹介されています。400年前に関東の水系をつくり、治水の最高責任者であった伊奈氏に学ぶことは実に意義あることと思います。
 
NHKEテレ 知恵泉~先人たちの底力~「江戸を救った男 伊奈忠次の防災術」
 
アンコール放送
12月1日(火)22:00~22:45
再放送
12月8日(火)12:00~12:45
 
*取材協力ということでエンドロールに当会の名前が出てきます。

街の話題―大阪たこ焼きが新井宿に!

話題というには遅すぎますが。
11月から今まで戸塚安行駅前で営業していたたこ焼き屋が、駅前とんかつ勝時の隣に移転(移動)してきました。
  このご夫婦はたこやき一筋。大阪は八尾で30年。戸塚安行で4年の都合34年。の大ベテランだそうで。
まばゆい提灯の光。遠目にも良く目立つ。テイクアウトが基本ですが車の後ろにテントとイスが設置されているのでイートインスペースなのかもしれない。
提灯とソースの焼ける匂いに吸い寄せられるお客たち。
 
2人の軽妙なトークで待たされた気がしないのがミソ。おばちゃんから「マヨネーズかけてもええか?」と聞かれるのでまごつかないように。
12個で350円。安い!育ちざかりのお子様も納得のボリューム。大ぶりのタコと甘めのソースがうまさの決めて。新井宿にまた一つ新名所ができました。
 
大阪たこ焼き
営業時間 11:00~20:00
定休日   月曜日
 
屋台なのに営業時間と定休日を明記している生真面目さがよい。

2015年11月16日月曜日

第4回バスツアー「伊奈半左衛門と御厨地方」報告

11月15日(日)第4回バスツアー「伊奈半左衛門と御厨地方」の報告です。
 
今回の参加者は28名。7時に新井宿駅に集合し、7時半出発予定でしたが、早めに集合完了したので7時15分には出発しました。
 首都高を走るバス。車窓には雨が、しかし今日は予報では雨が止むことになっているので安心。しかも暖かい。雨は相模湖の手前で止み、山に谷に霧のような雲を漂わせて幻想的な景色を見せてくれました。
渋滞すると思っていたので40分ぐらいは余計に時間を取っていましたが、まったく渋滞がなかったので、途中の道の駅富士吉田で時間をつぶすことに。

10:00忍野八海到着。

 忍野八海は、富士山の伏流水に水源を発する湧水池です。富士信仰の古跡霊場や富士道者の禊ぎの場の歴史や伝説、 富士山域を背景とした風致の優れた水景を保有する忍野八海は、世界遺産富士山の構成資産の一部として認定されました。

 中心街の中池。柵で囲まれている池は深さが8メートルもあります。
 透き通った池の水は泳ぐ魚が浮いて見えるほどです。8メートルそこのコインがはっきりわかる。

11:30浅間茶屋

山中湖畔の浅間茶屋に到着。ほうとうや吉田うどんなど郷土料理のお店です。
 対岸に日が指す。これがまた美しい。見入る一行。昼食は吉田うどん定食とワカサギの天ぷらでした。うまかったのですが写真を撮るの忘れました。熱燗とともにいただき大満足でした。
 店を出ると裏手に富士の山体が。すごくでっかく見えます。

12:40須走浅間神社

鎌倉往還を南に走り、籠坂峠を越えると駿河の国須走。富士登山口の一つ、須走富士浅間神社に来ました。
大同2年(807年)創建。江戸時代は富士講の信仰を集め、登山道、また、駿河国と甲斐国をつなぐ鎌倉往還の宿場町として栄えた。
 天然記念物の根上がりモミ。宝永噴火の砂の上に根付き、のちに下の砂が流されて根がむき出しになっている。降砂の深さを物語る史跡でもあります。
 須走は霧というより雲の中にありました。巨木と社殿が幻想的。誰かが言っていましたが神が降りてきたようです。
 もみじと滝。こちらの紅葉はもう見頃を過ぎたようでした。それでも綺麗でした。
 宮司さんから案内されて資料館を見学。富士講の資料の他、宝永噴火と伊奈忠順の展示もあり、解説していただきました。じつはこの宮司さんは伊奈神社の代表宮司も務めていて、先月の27日に伊奈神社の総代60名の方とともに源長寺の伊奈家墓所に墓参に来ていました。当会会長がご挨拶をし、小冊子とお土産を渡しました。ご当地とご縁ができたことは何よりの喜びです。

13:40伊奈神社


伊奈神社は浅間神社のそばにあります。このブログでは何度も登場していますので説明は省きますが、北駿復活の父、伊奈半左衛門忠順公の像は忠順崇敬の象徴です。先ほどの浅間神社の方が社務所のカギを開けてくれて、トイレなど使わさせていただきました。細かい気配りに感謝します。
 霧の中、凛として富士を見つめる忠順象。
 それを見つめる一行。初めて見て感動したという人が多い。
記念に一枚。
 そばにある公園です。落葉を除けると黒い砂が見えます。地面がすべて覆われています。これが300年前に降った焼砂(宝永スコリア)です。小さな軽石です。
須走は3mの砂で埋まってしまったため、砂の上に家を建てて街を再建しました。先ほど言ったように須走は交通の要衝だったため、幕府も優先して資金を投じました。また、宿場が本業なので再建が速かったようです。
 
14:30吉久保水神社
 
この神社は100年前の伊奈忠順追贈の中心になった神社です。中心メンバーの渡辺誠道氏は曽祖父がここに小詞を建立。祖父は伊奈13代と親交があり、父が忠順の仁徳略記を草せんとして不帰の客となり、代々忠順顕彰に努めました。これを誠道氏や御厨の有志が跡を継ぎ、伊奈忠順、また、歴代の業績をまとめて「伊奈氏贈位欽仰録」を刊行しました。これが大正天皇の目に留まり「従五位」贈位となったのです。
須走から降りてくると麗らかな日が注いでいました。

 大正3年(1914)題額徳川家達(徳川家16代)、撰徳富猪一郎(蘇峰)の遺徳千秋の碑が建立される。100年前の忠順顕彰のメンバーは非常な情熱をもってこれら大物たちをも動かして贈位を成し遂げました。それだけ宝永噴火と伊奈半左衛門というのは忘れられない歴史なのです。この碑文は赤山陣屋にある山王神社の境内にも掲げられていたそうです。

16:00道の駅すばしり

時間が余ったので道の駅すばしりに寄りました。
無料の足湯にほっこり。
 
帰途につきましたが、道を間違えて須走口に向かってしまう。しかし、雲の上に出たことで富士山頂を見れました。
皆バスを降りてシャッターを切りました。
雲がかかる宝永山。いい絵が取れました。
 
東富士五湖道路に戻り一路新井宿を目指します。
車窓に夕日に照らされた富士が現れ、あわててスマホを取り出す。
さよなら富士山また会う日まで。
20:00中央道、圏央道、関越道を経て帰着。途中談合坂SA,三芳PAなどでのんびりと過ごす。
 
天気が良かったこと、盛りだくさんだったこと、知らなかった川口の歴史を知れたことなど皆さん満足していただけました。何より富士が見えたことが良かったです。3年前のどしゃ降りの厄を落とせた思いでした。
 
来年は「利根川水運の街を巡る」というテーマで、野田醤油、水郷佐原を回る予定です。ご参加いただいたみなさん。機会があればまた来年お会いしましょう。では。
 
伊奈忠順については当会発行の小冊子を見てください。↓
「没後300年 宝永噴火と伊奈半左衛門忠順」