2017年3月29日水曜日

とんかつ屋さんの衣替え♪【勝時】

SR構内ポスター【勝時】

当会、会員。新井宿駅前
こだわりとんかつ勝時が春のメニューをスタートしました!

サクッとジュワッと旨味がギュッ!

AGCホームページにてメニューの紹介もしています
こちらから↓

2017年3月16日木曜日

川口オートレースと中ばしがコラボ 「ドドド どら焼き」

川口といえばオートレース、どら焼きといえば「中ばし」
ということで、ご当地コラボ和菓子が誕生!

その名も「ドドド?どら焼き」

開設65周年記念グランプリレースにて場内販売いたしました。

オートレースが好きすぎて作ってしましました(笑)と紹介放映。

詳しくはホームページをごらんください。
下記をクリック↓リンクしてます。



2017年3月10日金曜日

らんちカフェ木ぐらしー近隣のお店紹介

 今回は緑豊かな安行の古民家カフェのらんちカフェ木ぐらしさんです。 木ぐらしさんは野菜をふんだんに使ったおふくろの味が評判で連日多くの人が訪れています。お忙しい中お話を伺ってきましたのでご紹介します。
 
 1 カフェを始めるきっかけは?
 ・子育ても一段落し、仕事も一線を退いたメンバーたちが、まだ何かやれる?やりたい!と動き出しました。 
 ・お料理上手なおっかさん、珈琲の焙煎技術を持った人材、接客が大好きな人、畑仕事に詳しい人、経理に長けている人など、それぞれの能力を生かすことになりました。

2 安行・古民家という場所を選んだのは? また出してみてどうですか?
・木風堂さん(「きぐらし館」の所有者)との出会いがありました。 
・木ぐらしのランチは和食です。きぐらし館はその雰囲気にピッタリで喜んでいます。
・植木の里安行の豊かな緑に囲まれた、木の香ただようこの館(やかた)に助けられて営業をしています。

 木ぐらしさんは 「きぐらし館」という古民家をお借りして2015年5月にオープンしました。ちなみにこの木ぐらし館のオーナーは木風堂(当会会長)さんです。

入口の引き戸を開けると三和土と薪ストーブがあります。
 畳、座卓、柱、障子、箪笥。初めてきたのに懐かしい気がします。
3 お店のこだわりとか、セールスポイントは何ですか?
 ・季節の野菜がたっぷり、おふくろの味のお惣菜を組み合わせてお出ししています。
 ・野菜料理は手間がかかるので、家庭ではおっくうになりがちですが、旬のおいしい野菜を丁寧に調理しています。
 ・お箸と箸置きは木風堂製。箸は樫の木、箸置きは槐(エンジュ)の枝を使っています。
 ・コーヒーは生豆を仕入れて自家焙煎しています。
 ・スイーツ類は障がいのある方たちの支援を行うため、施設から仕入れています。
 
 木ぐらし御膳。優しい味、でもボリュームもあります。お味噌汁、ごはんもおいしいです。
4 一押しメニュー
 ・木ぐらし御膳・・・旬の食材を使い、日替わりでお出ししています。
 ・自家焙煎珈琲・・・煎りたて、挽きたて、淹れたてを味わってください。
 ・レアチーズケーキ、クッキー各種・・・障がい者の施設で作っています。
 
自家焙煎珈琲。薫り高くおいしいです。
 
5 お知らせしたいこと
 ・今まで14畳半、2階8畳の板の間を1時間500円で使っていただいていましたが、新たに敷地内の「木小屋」が加わりました。素朴な木の小屋で、のんびりとお茶をするもよし、趣味のお集まりにもお使いいただけます。
庭にある小屋。庭も趣があります。
 
ダイニングスペース。貸し切りもできます。
 
6 今後の目標、また地域の中でどういう存在になりたいですか?
 ・どなたでも気軽に入っていただき、のんびりゆっくり過ごしていただければと思います。
  また、地域の皆様をはじめ、たくさんの方々が交流してくださるとうれしいです。
 ・畳のお部屋では赤ちゃんたちがハイハイしたり、歩き出したりしています。
ママも安心して食事ができ、赤ちゃんんも広い部屋でのびのびと過ごせます。
 ・ご年配の方、障がいのある方も安心して過ごしていただけるようにこれからも工夫をしていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
 
 
毎月第2金曜日(1,8月は除く)はランチバイキングこちらも大人気です。
 
 
 


 
 
基本情報

らんちカフェ木ぐらし

334-0059

埼玉県川口市安行944-2

Tel&Fax: 048-229-2153

営業時間 11001600

定休日 水曜日と日曜日

席数 30席

駐車場 10台ぐらい

オープン 2015年5月

ホームページ


 

ランチタイム

11001400

ランチ

木ぐらし御膳  単品900円 セット1,100

セットの飲み物:コーヒー・紅茶(ホットorアイス)、オレンジジュース

バイキング(第2金曜日1,8月は除く)1,300円*60分間

飲み物

コーヒー(自家焙煎)・紅茶(ホットorアイス)、オレンジジュース、赤しそジュース(季節品) 350円 川口エールぼうふう 500

スイーツ

各種クッキー 150円、パウンドケーキ 170円、ミニレアチーズケーキ 120


2017年3月1日水曜日

ブログ連載「お女郎縁起考」開始!

石神のお女郎様「妙延寺」

 川口市石神の妙延寺は別名「お女郎様」と呼ばれています。江戸時代にここで行き倒れとなった若い娘を供養するためにお堂を建てたことが由来になっているからです。「お女郎縁起考」は新井宿まちづくりたよりという会報に連載していたのですが、今年から季刊になったため、終了までに何年も掛かってしまうので、たよりの連載は打ち切り、ブログで定期的に連載していくことになりました。
だいたい月イチぐらいでやっていきますので、地元の方、歴史に興味のある方はお付き合いください。では、今回は1~3話までご紹介します。今日は3月1日。227年前、石神の森の中でお女郎が発見された日です。

お女郎縁起考-その1
 
 神根、安行、鳩ケ谷にはいろんな伝承、伝説があります。仏教説話的なものや現実離れした話もありますが、中にはこれは事実に基づいた話ではないか?という伝承・伝説があります。昔、人々に強く記憶される事件や事故があった。それが語り継がれるうちに脚色されていったのではないかと思えます。
中でもお女郎仏は実際にあった事件でありながら、主人公の女郎について当時も今も全く分からないという不思議な話です。寛政2年(1790年)石神の土手山という林の中で若い娘が行倒れていた。村人の介抱にもかかわらず娘は5日後に息を引き取った。うわごとを言って村人の問いかけにも応えられず、身元を示すものは一切なく、しかし、あまりにも美しい容姿から「女郎」ではないか?とか、大奥女中ではないか?はてはとある大名家の御落胤ではないか?などと、さまざま噂されました。
はたしてこのお女郎、何者だったのか?この連載ではお女郎の正体、どこから来てどこに行こうとしたのか?なぜここで行倒れてしまったのか?これを推測し仮説を立てて参ります。ほとんど何の手がかりもないので、すべてが僕の想像にすぎないのですが、巷間伝わる「お女郎様」ではなく、そこに生きた一人の娘として血肉を通わせようと思います。その時代の空気、親兄弟、生活した場所、そして感じたことなどを再現してみたいです。
じつは、このお女郎のことを小説をしてみようと思っています。なかなか忙しくて筆が進みませんが、その執筆の中で思ったことをこの連載で書いていきます。その小説の題が「お女郎縁起」なので、「お女郎縁起考」というわけです。では、今後をご期待ください。

女郎仏の由来
お女郎の由来についておさらいしてみます。
妙延寺の冊子には女郎仏の由来が載っています。
寛政2年(1790)3月1日に当地方に大きな暴風雨があり、石井家は当時村長を勤めていたので、翌朝官林(土手山)の見回りに行った処、山の中から若い女のすすり泣く声が聞えてくるので行って見ると、十八,九歳くらいの気品の高い女性が病に倒れて苦しんでおり、いろいろ事情を尋ねてみたが病重く言葉も絶え絶え、手掛かりになる所持品もなく、どこの者ともわからず、窮して林家の杉山さんと相談の結果、庚申塚に仮小屋をつくり、そこに運んで医師を招き治療を受け手厚く看護したが、薬石効なく遂に同月六日午前十時不帰の客となってしまった。やむを得ず近隣の者と相図り庚申塚に懇ろに弔った。
以上は石井栄松氏の手記によるもので他にもその女人は由緒ある身分の方ではないだろうかとか、越後新発田藩主の落胤で故あって江戸から国許に帰る途中不慮の災厄にあったのだろうと穿ったような別説も伝わっているがいずれも立証する何ものも残っていない。
女郎仏とはその女性があまりにも美しく可憐な乙女であり、身分を明かさなかったのでもしや女郎ではなかったかとの憶測から生じたものではないかと思われる。
と、このように日時、場所、経過が明確に記録されています。しかしながら当時も今もこのお女郎が何者で、どこからどこに行こうとしたのかという事情に関しては一切不明になっています。真実にたどり着くはずもありませんが、お女郎の人物像、また、事情について推理していきたいと思います。まず、いくつか疑問点整理してみます。写真はお女郎を葬った庚申塚。



お女郎の人物像

お女郎の謎を整理すると。
1、      お女郎が何者なのか?
2、      どこから来てどこに行こうとしたのか?
3、      どうして行倒れになったのか?
の3つになります。
 
まず何よりお女郎が何者なのか?というのが最大の疑問です。わかっているのは18,9歳ぐらいの美しい娘というだけであって身分やどこの生まれかもわからない。当時は服装や髪形、言葉づかいである程度その人の出自がわかりました。たとえば髷は武士と町人百姓ではっきり違いますし、服装も身分や年齢で違います。若い女性の場合髪は武家なら気品のある高島田、町人は結綿など。着物は武家なら絹や紬が使え、町人は木綿、百姓だと麻か木綿しか許されなかった。さらに未婚の場合振袖を着ていて既婚女性は着なかった。など。
このように身なりや髪形である程度出自の見当がつきます。また、言葉づかいにも武家と商人と百姓、上流階級か庶民かでも違っていました。加えてお国訛りもあります。しかしお女郎ではその辺の記述がありません。発見時の服装や髪形などからは判別できなかったものと思われます。これらのことから少なくとも上級武家の娘には見えなかったのではないでしょうか?このお女郎が越後新発田藩藩主の御落胤という巷説は想像しにくく、ごくありふれた身なりの女性像が浮かび上がってきます。しかし、見た人に印象に残るほど美しく品のある顔立ちだったために「女郎ではないか?」「上臈:じょうろう(身分の高い女中)ではないか?」などの憶測を呼ぶことになったのだと思います。写真は日曜ドラマ仁の旗本の娘橘咲役の綾瀬はるか。次号に続く。
お女郎縁起考その2
http://araijyuku.blogspot.jp/2017/04/blog-post_14.html