2017年5月2日火曜日

お女郎縁起考その3

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連載!お女郎縁起考(当会ホームページより)
http://araijuku2011.jp/%e9%80%a3%e8%bc%89%ef%bc%81%e3%81%8a%e5%a5%b3%e9%83%8e%e7%b8%81%e8%b5%b7%e8%80%83/

 
同行者
お女郎仏はその名の通り、女郎ではないか?との推測からつけられた名前ですが、当時の人々が女郎だと思ったのには若く美しい娘という以外にも理由があります。それは発見時の状況が物語っています。
お女郎が石井伝右衛門に発見されたのは寛政2年3月2日の朝(たぶん早朝)。前日前夜は大嵐だったと言います。場所は土手山という林。瀕死の状態でした。「暴風雨の中病気が悪化し重篤となった娘が同行者に捨てられた。」と言うのが大方の見方でした。若い娘、重病、隠されるように遺棄となれば誰でも【女郎が梅毒にかかり、放逐されたあげくに、道中見捨てられ行倒れとなった】と想像することでしょう。しかしそれでも確証は得られなかったようで、先の上臈(じょうろう)説、新発田藩御落胤説など諸説入り混じって今に伝わることになってしまいました。川越あたりの置屋(女郎が住む家)から来たなんて言うのもありますがあてずっぽうな感じがします。ところでお女郎には同行者がいたはずですが、この同行者について考えてみたいと思います。

お女郎発見場所(日光御成道分間延絵図より)

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同行者が何者であるかは、娘が何者であるかという見方で変わってきます。まず高い身分の子女なら甲斐なきもの(頼りない付添)、足抜け(遊郭を脱走した女郎)ならその情夫。また、これから女郎屋に売られる立場ならば女衒(ぜげん:女を女郎屋に売る商売人)になります。瀕死の娘を見捨て、しかもそれを隠すように林の中に遺棄しているのですから碌なものではないでしょう。
ちなみに石井伝右衛門が土手山という林を見回っていたのは理由があります。この林は御林(官林)といって村の所有地ではなく、幕府の所有地だったのです。石神村にはこの土手山の他、東赤堀山、西赤堀山と呼ばれている幕府所有の御林(おはやし)があり、村はその管理を任されていました。御林の管理は大変厳しく、勝手に木を切ったりすると厳しい御咎めを受けましたが、反面、下草や枯枝などの採集が許されていて、これが貴重な生活資源になっていたのです。村役人の伝右衛門が【御林の木々がこの強風で倒れていないだろうか?】と真っ先に点検するのは至極当然の事なのです。
娘の同行者にとっては嵐が止み、道がわかるくらい明るくなってから周囲の状況を確認し、日光御成道から少し外れた林の中に隠し発見を遅らせようとしたつもりですが、伝右衛門も朝になって嵐が去るとすぐに見回りに来たはずなので、遺棄してまもなく見つかったと思います。この間なかなか際どいタイミングではなかったかと想像します。同行者の悪運は強く、目論見はずれて犯行がばれるところでしたが、娘は生きたまま見つかったものの、意識が混濁して伝右衛門らの質問に答えられず、そのまま意識不明となり死んでしまったので、同行者の悪行も語られることはなかったのです。


土手山近くの林。お女郎が置き去りにされたのはこういう所か?

ところでこの同行者はなぜ娘を殺さなかったのでしょうか?林の中に隠して発見を遅らせるのはいいとして、娘が蘇生してしまったら自分のしたことがばれてしまいます。また、生き返らなくても死ぬまでに娘の口から自分の存在が語られたらお尋ね者になってしまいます。同行者は娘がその後死んだかどうかは知らないはずなので、発覚することを恐れて自分の家には戻らず行方をくらませたと思われます。また、娘がほどなく息絶えることも見越して身元につながる物や金品を奪っていったと考えるのが自然です。
しかしそれでも娘を殺しておいた方がより身の安全をはかられたのではないでしょうか?もしかしたら殺さなかったではなく、殺せなかったかもしれません。そこで先程のこの同行者が何者であるかに戻りますが、娘が女郎で、情夫の手引きで遊郭を足抜けしたとしたら、娘がこのような体になっても娘のもとから離れることはないでしょう。足抜けが失敗すれば手引きした者は確実に殺されるので、愛する女郎と命がけで脱走して、それがこういう結果になればその男も生きてはいないでしょう。少なくともこういう扱いはしない。だから娘が女郎で、足抜けしてきたというのはないと思います。次に女を売り買いする女衒ですが、元々が悪徳業者なので、商品である女が旅の途中に瀕死になれば、商品としての価値なしとして殺すことにためらいはないと思います。ただ、女衒ならばこうした事態になる前に宿に泊まったり、医者を呼んだりしたはずです。大事な商品なので一応は娘の安全や治療を優先したと思います。
そうなるとこの同行者が何者なのか益々わからなくなってきます。瀕死の娘をかかえて助けも求めない、林の中に隠しておきながら殺しもしない。この同行者の謎の行動をどう考えるか?ひとつはこの同行者が小心者で恐ろしくて殺せなかった。もうひとつは娘とこの同行者は上下関係にあり、娘が主で同行者が従の場合で、恐れ多くて殺せなかったということが考えられます。いずれにしても娘と同行者の関係は、先の情夫のような同等な立場ではなく、女衒と女郎という下位の立場でもなく、娘の方が上位ということが推測できます。
次号に続く

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