2017年8月11日金曜日

お女郎縁起考その6

過去の記事連載!お女郎縁起考(当会ホームページより)
http://araijuku2011.jp/%e9%80%a3%e8%bc%89%ef%bc%81%e3%81%8a%e5%a5%b3%e9%83%8e%e7%b8%81%e8%b5%b7%e8%80%83/

お女郎遭難場所と周辺図
 
お女郎の死因その2
1、の気品の高い、見目麗しい外見だった。ですが、お女郎は気品が高く美しい、身分の高い女性に見えたということなので、顔や皮膚に現れる病気、つまり梅毒や、麻疹、天然痘などの伝染病による症状は見られなかったのでしょう。もしそうなら〝美しいお女郎″という印象は持てなかったはずです。また、伝右衛門等が怪我ではなく「病重く」と見立てていることからアザ、傷、腫れなどの外傷もなく、絞殺に寄る顔の鬱血、首にひもや指の痕も見られなかったのでしょう。ただ、転倒などで頭を強打して脳挫傷になったとして、コブや傷が髪の毛の中にあり見つからなかったということもあるかもしれません。その可能性はあります。

 2、の意識が混濁していた。また意識が戻らなかったこと、ですが、伝右衛門がお女郎を発見したとき、すすり泣いていたとあることから意識があったように思いますが、伝右衛門の問いかけに一切答えられていないので意識が混濁していたと思われます。あるいはあえて質問に答えなかった可能性もありますが、その場合その後5日間も死の苦しみに耐えながら沈黙を貫いたことになり、そんなことをするぐらいなら発見される前に自殺しているでしょうから可能性は低いでしょう。死ぬまでに何も会話がなかったようすから、やはり意識が混濁して後に昏睡におちいったと考えるのが自然です。
 意識が混濁してやがて昏睡状態になるということは、先程述べたように脳に直接ダメージを受けたとか、脳に血流(酸素や糖分)が行かなくなることによって起こり、その原因は様々です。毒や極端な低血糖、高体温、低体温などによっても起こります。伝右衛門が発見した時点ではすでにお女郎は重体であり、回復困難な容態だったのです。

 3、の死ぬまでに5日間かかった。ですが、前述の通り意識混濁から昏睡状態そして死に至ったので、もがき苦しんだのではなく、ゆっくりと生命維持の機能がなくなっていったのだと思います。意識がない以上食事、水分補給、服薬も出来ないので、そのために衰弱死したとも考えられます。「3月6日午前10時不帰の客となる」とありますが、当時の死の判定は呼吸の停止なので、鼻の下に綿を置くなどして完全に呼吸が止まったことを確認したのでしょう。
 

 4、の仮小屋で治療した。ですが、伝右衛門等は何故わざわざ仮小屋を建てて治療したのでしょうか?それよりも誰かの家、どこかの建物に運んだ方が手っ取り早いですし、普通ならもっと暖かい所や清潔な所に運ぶはずです。しかし、医者が来た後もそのままそこで治療しているので、医者もその処置をもっともだと思ったに違いありません。一番考えられるのが隔離ということです。
 当時は微生物による感染などという知識はありませんから、隔離という処置だったかどうかわかりませんが、風邪が人から人へ移るように伝染病が病人との接触から移るということを経験的にはわかっていたのではないでしょうか?いわゆる邪気や穢れという概念だと思いますが、村境に道祖神が置いてあるのは病の気の侵入を阻止する意味もありますから、そのような判断で仮小屋を建てたと思います。

新井宿・石神の村境にある「姥神様」。咳の病によく効く。とか子供の病気を治してくれると言われている。

 土手山御林から仮小屋を建てた妙延寺までは約400m。石井家はその近くにあります。伝右衛門と杉山は伝染病を警戒しつつ、治療・看護しやすい距離まで運びました。伝右衛門等が細心の注意を払ってお女郎を治療しようとしたことがうかがえます。

次号に続く。
 
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