2017年9月3日日曜日

関東郡代伊奈氏の200年展冊子版を当会ホームページにて公開

  明年は伊奈氏陣屋跡の一部に赤山歴史自然公園が開園となりますが、奇しくも伊奈氏が赤山に来て400年に当たります。この度公募で公園の愛称が「IINAパーク(いいなパーク)」に決定したことを記念して、2014年の新井宿フェスタで行った展示会「関東郡代伊奈氏の200年展」の冊子版をこの度当会ホームページに掲載しました。自由に閲覧していただいて、郷土、いや関東の偉人たる伊奈氏一族、また、その200年の歴史を知っていただきたいと思います。
  ただ、3年前に作ったものなので、足りないところや稚拙な表現が多々あります。その辺はご容赦いただければと思います。しかしながら、幕府の中でも異彩を放った代官伊奈氏の200年の歴史を粗々ですが列挙した資料は現時点でインターネット上には中々ないのが現状なので、せめてこの資料を手始めとして、伊奈氏への関心を高めていただきたいと思う次第です。

当会ホームページの関東郡代伊奈氏のページ
http://araijuku2011.jp/inasi01/

http://araijuku2011.jp/inasi01/
上の画像をクリックすると冊子のページに飛びます。PDFファイルでご覧ください。
*同ページには「赤山領と赤山陣屋」「所縁の地を巡る」国土交通省資料の「利根川東遷」「江戸時代の利根川」パンフレットも合わせて添付しています。
水戸備前掘りの伊奈忠次像

キュポラ1Fの伊奈忠治像
 
  
  1618年(元和4年)関東代官頭の伊奈忠次(ただつぐ)の嫡男忠政(ただまさ)が34歳で没すると、代官職は弟の半十郎忠治(はんじゅうろうただはる)が引き継ぐことになりました。このとき関東代官頭の忠次の部下のうち多くが忠治の元に集まり、先代の事業であった関東の基盤整備を再開することとなりました。赤山はその時幕府より賜った土地ですが、当初は誰の土地ともわからない荒野で伊奈氏自ら切り開いて陣屋を築きました。これが赤山陣屋です。
  この赤山陣屋から利根川東遷を始めとする関東大改造の大事業が始まりました。徳川300年の太平の基盤、そして400年後の今も東京を首都たらしめるインフラがこの時つくられました。この歴史を、今もその恩恵を享受する私たちが忘れてはならないというのが、当会の歴史部会のテーマです。引き続き伊奈氏の研究については、何か成果があり次第報告させていただければと存じます。以上
 
 
 

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