2017年10月17日火曜日

お女郎縁起考その8

過去の記事連載!お女郎縁起考(当会ホームページより)
http://araijuku2011.jp/%e9%80%a3%e8%bc%89%ef%bc%81%e3%81%8a%e5%a5%b3%e9%83%8e%e7%b8%81%e8%b5%b7%e8%80%83/

お女郎はどこから来たか?
 長々とお女郎の死因について考察してきましたが、おおよそ「暴風雨による遭難死(凍死)」と考えてよいと思います。それにこだわってきたのは、死因が何かでお女郎がどこから来たのかが絞られてくるからです。なぜかというと、他殺や病死ならばどこでも起こりえますが、遭難死(凍死)ならば、建物の中や街道上では考えにくいからです。
既出ですが「お女郎遭難図」
 
 お女郎の発見場所は図の通り、日光御成道の東の林の中。400m南には赤山街道大宮道と赤山陣屋に通じる道があります。天保年間に描かれた「日光分間延絵図」を見ると日光御成道上には神社仏閣、民家など様々な建物が描かれています。この街道上ではたとえどんな暴風雨に遭ったとしても、避難する場所はいくらでもあったはずで凍死することはありません。また、ほぼ直線で幅の広い(6間10.8ⅿ)道なので迷うこともありません。さらに言うと、発見場所から大門宿は北に3km、鳩ケ谷宿は南に3.5kmと、どちらでも泊まれる位置にありました。つまり死因が遭難死(凍死)だとすると、お女郎たちは日光御成道の北からも南からも来ていないことになるのです。
 これも既出ですが、「お女郎発見場所 日光御成道分間延絵図より合成」
 
 では西の赤山街道大宮道はどうか?これも当時の主要街道なので、遭難死(凍死)することは考えにくいですし、迷うことも考えにくい。そもそも赤山街道上、またその付近で遭難したとして、わざわざ日光御成道を横切って瀕死の連れ合いを隠す理由がありません。整理すると。

1、お女郎たちは日光御成道の北からも南からも来ていない。
2、赤山街道大宮道を西から来ていない。

つまりお女郎たちは東から来た。ということです。
 
次号に続く
 
 

 

 

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