2018年2月23日金曜日

お女郎縁起考 大宮宿編

過去の記事連載!お女郎縁起考(当会ホームページより)http://araijuku2011.jp/%e9%80%a3%e8%bc%89%ef%bc%81%e3%81%8a%e5%a5%b3%e9%83%8e%e7%b8%81%e8%b5%b7%e8%80%83/

もう一つの女郎伝説


 JR京浜東北線のさいたま新都心駅の東口を降りると、南北に中仙道が通っている。かつてこの辺りが大宮宿の南端で、北に向かって宿場が伸びていた。北に向かうとすぐに武蔵一宮の氷川神社の一の鳥居があり、そこから右斜めに参道が伸びている。寛永5年(1628)伊奈半十郎忠治は中山道を西側に付替えそこを大宮宿とした。大宮宿は日本橋から数えて中仙道の4番目の宿場で、日本橋から約30km、板橋宿からは20kmの距離である。
 道中奉行による天保14年(1843年)の調べで、町並みは9町30間(約1.04km)。宿内人口1,508人(うち、男679人、女829人)。宿内家数319軒(うち、本陣1軒、脇本陣は9軒で中山道の宿場としては最多である。問屋場4軒、旅籠25軒。他に、紀州鷹場本陣〈北澤家〉1軒あり。(ウィキペディアより) 宿場としては中規模ですが、神社の参拝客も来たろうからかなりの賑わいだったと思われる。
氷川神社一の鳥居。ここから氷川神社の参道が始まる
 
 なぜ大宮宿に来たかというと、ここに気になる伝説があるからです。妙延寺のお女郎につながるかどうかは全く持って僕の想像なのですが、調べてみると興味深い事実があるのです。それは大宮宿の南のはずれ、鴻沼用水に掛かる高台橋にある小さな祠。
 
名を「お女郎地蔵」と言います。
 
橋のたもとにある祠。右がお女郎地蔵、左が火の玉不動、
お女郎地蔵、火の玉不動尊の由来
 
祠の中に由来が書いてあります。それによると、
 
高台橋のお女郎地蔵
「昔、大宮宿に柳屋という旅籠があり、この柳屋には千鳥、都鳥という姉妹がいて、旅人の相手をしていた。この姉妹は親に捨てられ、宿の人に拾われ育てられてきた。その養い親が長患いで先立ち、借金だけが残っていた。この借金のため姉妹は柳屋に身を沈めたのであった。美しい姉妹は、街道筋の評判となり、男冥利には一夜なりとも仮寝の床を共にしたいと思わぬものはなかった。そんな数ある男の中で、宿場の材木屋の若旦那と姉の千鳥が恋仲になり、末は夫婦にと、固い約束を交わしたが、当時悪名高い大盗賊、神道徳次郎が千鳥を見染め、何が何でも身請けするという話になってしまった。柳屋の主人は材木屋の若旦那のことを知っていたので、返事を一日延ばし、二日延ばしにしていたが、業を煮やした悪党神道徳次郎は、宿に火をつけると凄んできた。千鳥はこれを知って主家に迷惑はかけられず、さりとて徳次郎の言いなりにもなれず、思い余って高台橋から身を投じてしまった。その頃から高台橋辺りに千鳥の人魂が飛ぶようになり、哀れに思った近くの人々が、その霊魂を慰めるために「お女郎地蔵」を建てたのだと言われている。」

大宮宿の女郎宿に千鳥と都鳥という美しい姉妹がいて、材木屋の若旦那と将来を約束していたが、大悪党神道徳次郎に横恋慕され、散々脅された挙句、進退窮まってここ、高台橋から身を投げてしまったという悲運の伝説です。その後高台橋に火の玉が飛ぶようになって、哀れに思った近隣の人々が建てたのがお女郎地蔵です。
お女郎地蔵
 
 妙延寺のお女郎仏と大宮の女郎地蔵。同じ女郎の不幸な話。お女郎仏は事実起こった話ですが、この大宮の女郎伝説はどうなのでしょうか?
 じつはこの話の中で唯一史実に残っている人物がいます。それは神道徳次郎です。徳次郎は実際にいた大盗賊で、この大宮宿で捕縛され刑場の露となりました。それが寛政元年(1789年)6月7日、石神のお女郎が亡くなる9か月前のことです。
 
次号に続く



 


2018年2月21日水曜日

安行植木の重要文化的景観について

 およそ日本人ぐらい庭にこだわりを持つ人々はいないでしょう。古来から神社仏閣、有力者の屋敷には贅を尽くした庭が造られ、平安時代には独自の庭園様式が整えらえていきました。江戸時代になると尚一層拍車がかかり、江戸に集まってきた大名を中心に池や築山を中心に回遊できる大名庭園を競って作っていました。そのころには庶民も軒先にアサガオを這わせたり、菊を植えたり、盆栽を飾ったりして、熱狂的な園芸ブームが到来し、江戸は巨大なガーデニングのテーマパークと化してしまうのです。
歌川芳玉画
「見立松竹梅の内 うゑ木売の梅」*江戸東京博物館HPより

 現在でも私たちは敷地にわずかなスペースアがあれば、花を飾り木を植えようとします。また、どうやったら美しい景観を作り出し、四季折々に楽しめる庭が造れるかに熱中します。こういうのはご先祖から代々引き継がれたDNAなのだと感じます。
 そんな日本の園芸・庭園文化を支えてきたのが安行植木。江戸時代の吉田権之丞 から始まって360年の川口の伝統産業です。川口市はこの安行植木を文化庁選定の「重要文化的景観」の指定を目指し作業を進めています。
 植木畑
植木屋の庭

 重要文化的景観の定義は「地域における人々の生活又は生業及び当該地域の風土により形成された景観地で我が国民の生活又は生業の理解のため欠くことのできないもの」としております。まさに安行植木にぴったり当てはまるものだと思います。また、文化的景観の保存活用のために行われるさまざまな事業,たとえば調査事業や保存計画策定事業,整備事業,普及・啓発事業に対しては,国からその経費の補助が行われます。
 安行植木が100年の後も残っているかは、個々の業者の努力もありますが、こうした制度を活用することも必要だと思います。安行植木が継続していくということは、我が国固有の園芸文化を守っていくという意味もあるので川口市民として応援していきたいですね。

文化庁「文化的景観について」
http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/keikan/
 


お知らせーシンポジウム「庭ー創造する思想」

当会メンバーよりお知らせです。
 
 シンポジウム「庭ー創造する思想」
 
平成30年3月11日(日) 13:30~16:30(開場13:00)

会場 埼玉県立近代美術館2F講堂
定員 100名(無料、申し込み不要、当日先着順)
主催 日本庭園協会埼玉支部、SMF、埼玉県立近代美術館
お問い合わせ先 090-3092-4950(日本庭園協会埼玉支部)
048-824-0110(埼玉県立近代美術館)

内容
 「本シンポジウムでは、様々な素材や技を駆使して「場」の生成に取り組んでいる専門家の方々をお招きし、個々の活動についてお話していただくとともに、「庭」という場の捉え方や、空間に対する眼差しの違いをあぶりだしていきたいと思います。そして最終的には、会場の聴衆を交えた討論を展開し、「庭」が内包する創造性と思想の一端が明らかになることを期待しています。多くの皆様のご来場をお待ちしております。」

基調講演「作庭観」13:30~14:00
河西 力(作庭家)

パネリストによるプレゼンテーション14:00~14:45
高橋良仁(作庭家・日本庭園協会埼玉支部)
絹谷幸太(彫刻家)
佐野哲史(建築家・Euireka共同主宰)

ディスカッション14:00~16:30

AGC新井宿駅と地域まちづくり協議会には多くの植木屋・造園業の人がおり、この情報は日本庭園協会に所属するメンバーから寄せられたものです。興味のある方は是非行ってみてください。
  



2018年2月18日日曜日

丸山陣屋の散策路づくりー伊奈町

 2月18日、伊奈町丸山にある丸山陣屋に散策路づくりに行ってきました。これは同町の「忠次プロジェクト推進協議会」主催のイベントで、 この協議会は町名の由来となった伊奈備前守忠次公を観光資源として活かしたまちづくりを推進しています。場所は大宮からニューシャトルで8駅の丸山駅から徒歩10分。代官伊奈氏の祖、伊奈忠次が陣屋を構えた丸山にある頭殿権現社。
 集合は10時。すでに多くの人が集まっていました。200人以上参加とのこと。参加費は500円。
 大島清町長が開会のあいさつ。町長はじめ町議会議員、伊奈町選出の国会議員など総出で参加していました。まさに町を挙げてのイベント。
 2班に分かれて散策路の整備に掛かります。手に手に熊手やスコップを持ち、ウッドチップをならしていきます。
 ウッドチップは竹を砕いたもの。陣屋内には竹林がたくさんあるので、それを伐採したものでしょうか。踏むとフカフカして気持ちいい。
 参加者が多かったので、整備はすぐに終わってしまいました。その後スタンプラリーのようなクイズをしながら陣屋内を散策しました。
 整備済みの散策路を歩く。伐採した雑木を両側に配し、ウッドチップを敷き詰めた散策路は今後も整備していくとの事で、総延長は4~5㎞にも及ぶという計画です。壮大な計画です。
 木漏れ日の中を歩く。夏は涼しそう。あちこちに土塁の後がありました。丸山陣屋は東西約350m、南北750mの伊奈氏の居館跡です。1590年に徳川家康が関東に移封されてから伊奈忠次に小室・鴻巣に1万石を賜り、ここに陣屋を構えました。ここはちょうど関東平野の中心に辺り、代官頭伊奈忠次の関東の開発の中心拠点となった場所です。
 終了後お弁当と豚汁、焼き芋などをいただきました。
丸山陣屋内はほとんど農地で、植木農家も多いです。なんとなく赤山陣屋に似ています。赤山陣屋を築いた半十郎忠治も、幼いころ過ごしたここを意識して築いたのではないでしょうか?

 今回このイベントに参加した目的は、今後の赤山陣屋の整備の参考にするためです。まぁ僕が整備するわけではありませんが。
赤山陣屋の北堀に掛かる木の橋。ここに来るまでの道が未整備なのが残念。

 赤山陣屋跡の整備に関しては、いろんな人がいろんな意見を持っています。郷土博物館や御屋形の復元など、様々な提案が議会でもされています。どうなっていくかはわかりませんが、赤山歴史自然公園とリンクしていく整備が必要なのは言うまでもありません。一度市民に意見を募集するなり、関係者や有識者の会議をしてはどうかと思います。ただその前に手の付けられるところから始められないかなと思うのです。駐車場やトイレの整備、北堀を含めた周遊コースの整備とか。千里の道も一歩から。今回のイベントはそんなことを考えさせられました。以上。
 

2018年2月15日木曜日

そばの花―東内野

 2月6日に開店した「そばの花」に行ってきました。
そばの花は以前同じ東内野の木曽呂の富士塚の近くでやっていたそば「はすみ」が移転してきたものです。場所は木曽呂北の交差点を北上してすぐ。見つけやすいです。
落ち着いた雰囲気の店内
 1時過ぎに行きましたが、なかなかの込み具合。前の店のときの常連さんが結構来ているそうです。 
ランチの天丼セット
 そばは北海道の「摩周」「佐呂間」さんのそば粉をを使っており二八と十割のそばがあります。今回はランチなので二八で。見た目他のそば屋より太い気がします。早速頂いてみる。ズルズルっと。うん!これはコシが強い!味は本格派、何より食感がすごく良い。あっという間に食べてしまいました。おかわりが220円で出来るのでもう一枚頼もうと思いましたが、天丼が食べられなくなりそうなので自重しました。天丼もサクサクしておいしい。なかなかボリュームがあって腹いっぱいになりました。 
ランチメニュー
 
 通常メニューその1
通常メニューその2
  温かい、冷たいのといろいろ試してみたくなります。それにそばだけでなくうどんも本格手打ち。今度来たときは試してみよう。十割そばも。
 
 店主の蓮見貴正さんは高校生の時に先代のもとでバイトを始めてから、この道一筋じつに30年の大ベテラン。間違いなく美味しいのでぜひ食べに来てください。
 

基本データ
営業時間 11時~21時ラストオーダー
定休日 月曜日
座席数 テーブル席20 カウンター席4
駐車場 5台
電話   048-299-7070
住所   川口市東内野366第2友和ハイツ1F